ルーブ・ゴールドバーグ・マシン

人が分岐点?ピタゴラスイッチの視点

脚本家・野木亜紀子さんの「MIU404」。
ピタゴラスイッチ (ルーブ・ゴールドバーグ・マシン) の話が印象に残りました。

(ルーブ・ゴールドバーグ・マシンの視点とは)人は生まれ持った環境や、誰と出会うか出会わないか、あるいは何かしらのタイミングといったいくつものスイッチによって、たどる道を否応なく左右されてしまうという視点

脚本家・野木亜紀子を直撃!「MIU404」の物語ができるまで<「MIU404」インタビュー前編より抜粋

私たちがよく知るピタゴラスイッチといえば、紙コップや定規など、いろんな物がスイッチ(分岐点)となって、たどり着く面白さや楽しさがありますよね?でも、ドラマMIU404では、人との出会いやタイミングが分岐点(スイッチ)になるという視点で描かれています。

特に印象深かった第3話は、ある日を境に高校生が日常に戻れなくなり犯罪に巻き込まれていく。その過程が、とてもリアルで身近に感じられ他人事とは思えませんでした。そして重なり合ったのが知的、発達障がいのある人たちの犯罪です。

実は、第3話のようなことが、知的、発達障がいのある人たちの身に起きています。それは高校を卒業後、制度の狭間に置かれた人たちです。セイフティーネットとなる福祉から外れ、或いは福祉に繋がりながらも道を外れてしまった人たち。なぜその道に進んでしまったのか?なぜ、福祉は機能しなかったのか?等々、複雑な仕掛けのように幾つものタイミングを外して塀の中にいる。

スイッチはあったはず。でも、どこに、なにを配置すれば、タイミングを外さずに彼らを救えたのだろうか?

新聞記者の人から話を聴く中で、誰かが殺人を犯すときというのは、本当にいくつものタイミングが重なって、どこかで止められたはずなのにそうならず、わずかな確率で実行されてしまうのだということを聞きました。それと、元機捜隊員の方が言っていた「犯罪者と俺達はなんにも変わりませんよ」というのが印象深くて。それらが第2話での上司を殺した青年の話になったし、第3話の高校生たちがいくつもの分岐点を経て道を踏み外してしまうさまになりました。

脚本家・野木亜紀子を直撃!「MIU404」の物語ができるまで<「MIU404」インタビュー前編より抜粋
https://thetv.jp/news/detail/242431/p3/

彼らの人生を分けたものを考えさせられました。

知的、発達障がいのある人のピタゴラスイッチ

人と人がスイッチとなって未来がつくられている。ピタゴラスイッチの視点から思ったのは、罪を犯した障がいのある人を正しい方へ導くスイッチ(人)は、どう配置し作ればいいのか?という事です。

自分の道は自分で決める。確かにそれは自己責任。だけど人によって障害物の数は違う。正しい道に戻れる人もいれば、取り返しがつかなくなる人もいる。志摩一未(星野源)

MIU404 第3話 分岐点より

事件の被害者や加害者となった知的、発達障がいのある人たち。取り返しのつかない事態になる前の段階で防げることはないのか?

もう何年も前から情報収集していますが、これといった方法は見つかりません。

また、罪に問われた知的、発達障がいのある人たちの現状について、私たちはまだまだ知らないことだらけです。村木厚子さんの共生社会を創る愛の基金から分かることを共有しながら、どうすれば防げるのか?ということを今後も親同士のつながりの中で一緒に考えてゆきたいです。

みんなが大事なスイッチになる

ピタゴラスイッチかの視点からは、出会いは皆、誰かが誰かのスイッチとなっているという事なのかもしれません。ならば、良き方向へ進むスイッチ(人)の数が増えてゆくと、確実に誰かが誰かの犯罪を食い止めることができるはず。

たとえ制度の狭間にいたとしても、誰かが誰かのスイッチになる。それはMIU404のような職務ではなく、みんなが大事なスイッチになるのが理想だと思います。

そんな社会を一歩でも前へ進めてゆきたいですね。

誰と出会うか、出会わないか。この人の行く先を変えるスイッチは何か
志摩一未(星野源)

MIU404 第3話分岐点より

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